naokocoroの身体と心・原理原則のお話しブログ

心と身体の専門家naokocoroの観ているディープな世界観のお話しのブログです(o^^o)

〜として 「役割り」の囚われ

女として 女だから

男として 男だから

親として 親だから

学生だから

社会人として 常識人として

〜な立場として

〜な立場だから

そもそも

人としてもそうか

 

 

この後に続く言葉は

 

こうしなければ

こうあらねば

こうあるべき

 

みたいになるでしょう?

 

これは全て

自分を押し込める檻ですよね

 

女であること

男であること

親であること

人であることですら

 

単なるフォルムに過ぎなくて

今回の人生の魂の「型」の特徴

なだけです

 

そして

常識も社会的にも道徳的に考えて

とか

国が違えば、文化によっても

宗教によっても、もはや家庭家庭でも

違うでしょう?

絶対的なコレ!という「正しさ」なんて

無いのですよね

 

こうしなければならない

とか

こうあるべき

なんてもんは

本来、くっついてない

けど

社会として成り立たせるために?

その見えないけど

確実に制限を加えてくる「檻」が

出来上がっていて

そこに囚われて

がんじがらめになってる人がね

本当に多いって感じます

 

守ろうとする内側の心には

正義感も存在してたり

それを生きる理由に糧にしてる

場合もあったりね

正当化という言葉が合うかなあ

みんな違う概念のフィールドで存在してるのに

なぜか

他人も同じフィールドだと思い込み

発動する正義感

 

ここら辺の矛盾やおかしさに

先ずは気づくこと

自分を生きるという上ではね

とても大切で

必要だと

思うんです😊

 

ここは

とても重要ポイントで

ここの囚われから

様ざまな現象が起きてくるポイントなので

お茶の間でも

時間をかけて伝えていこうと思ってます✨

 

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